帰れる?オハイオ

ビザの申請とやらで、妹一家がオハイオから帰ってきている。
最大級の台風が近づいているけれど、飛びたてるのか飛行機!?
10月も半ば過ぎなのにいつまで続くの。台風。
でもな~。12月の結婚式前日?(前々?忘れた!)に台風がきた年もあったわね。

風邪?花粉症?

きのうから、喉が痛くて鼻もおかしい。
いきなり体調不良コメントでお恥ずかしい・・・
かぜかなぁ???ずーと具合悪くて○○医大に通っているのに
そんなわけはないよねぇ。
昨日は猛烈風がつよかったなぁ。
もしかして・・・ブタクサいっぱいさいてるよ。
帰りに耳鼻科に行ってこよう。

定期検診~風邪編~

昨日からの咳と熱で、本日学校やすみ。

少しでも早く医師にみせて薬を処方してもらおうと思ったけれど、
予約いっぱいで、時間変更はできなかった。

今の状態ではアレルゲンの摂取は無理なので、牛乳はおやすみ。
熱がひいても熱が下がったあとは咳がひどくなるので、2日あけて摂取するように
指示があったらしい。

らしい・・・今日はダンナが人間ドックのためお休みをもらっていたので、
チビも連れて行ってくれたのだ。

容体が心配で連絡をいれているのに一行様おとさたなし。
本人からメールが入ってくる。不思議な状態。

家で吸入ができるようにたんまり薬をもらってきた。



アレルギーの季節とはいえ家族全員、全滅。ハァ~

棒の手

前日の台風接近のため、市民祭が中止になった。
その関係と神社の境内がぬかるんでいるからといつもの秋祭り棒の手奉納が今年は
違ったかたちになった。
9時半に集合。
鉄砲一斉発砲。
地元集会所にて、棒の手披露。
小学生の家をまわって昼食。
再度披露。解散。
いつもだったら朝の7時からの1日行事だけれど、今年は2時には解散になった。
3週間も前からこの日に向けて練習してきたのだから、例年どおりがよかったんだろうけれど、熱をだしてしまったチョビには、ちょうどよかったのかも。
時間が短くなった分鉄砲隊の人たちが大変。
火薬はすべて消費してしまわなければいけないから、半日で23発発砲。
火薬をつかうだけあって、何気に警察の方がついていらっしゃるのよねぇ。
みんなお祭り気分なのに、任務でちょっと気の毒。だってあきらかに別の人だもの。
小学1年からおせわになって、中学になっても続けることになったけど、
保存会のおじさんから「ありがとう。ありがとう。」と感謝され、本人たちは上機嫌。
意地でも熱下げて出るんだ!!とはりきってたわりには・・・
もっと大きな声が出るとよかったね。君たちの後を後輩たちは続いてくれるかな?
伝統芸能に携われるというのはいいことね。

またもや熱

水曜日ぐらいからぐずぐずしていたチョビの体調。
やっぱり行事前&テスト前には熱をだしてしまいました。トホホ

文化祭

いまどきは中学校でも模擬店をするらしい。
どうやら上級生や有志はもりあがってるようすだけれど、チョビはピンときていない様子。
そりゃ初めてのことだからイメージも湧かないのかしらねぇ。
「バザーで高いのが500円でねぇ。焼き鳥もあるんだって」
「模擬店が、あるならお金いるの?」
「うん。たぶん」
「お金もった?」
「あっ。そぉだった・・・」
と、こんな調子。

2004年1月 医大へ

1月21日助教授のA先生に、アレルギーの相談をしてきました。
結構、有名な方らしいので、多方面から名前は聞いていたけれど、
気さくに話しを聞いてくれる先生でした。
アレルギーの判明した生後6ヶ月からの栄養の取り方や、
前のクリニックの血液検査結果を見ながらの食生活の報告。
9才の検体が来るのが珍しいのか、興味深げだった。
医大では、皮下注射の減感作療法ではなく、
耐性減感作?といったものらしいです。
指示された希釈のアレルゲンを摂取して慣らしていく…  みたいな。
具体的には薄めた牛乳を摂取するらしい。
最初は病院でするんだって。
2週間に1回ぐらい通って、経過報告と指示を貰うらしいです。
費用的には、薬を使うわけではないので、
血液検査代(これがけっこう痛い)と通院費ぐらいかな。
期間は3ヶ月から6ヶ月(あわてる気はない旨は伝えた)
一応、先回の血液検査から10ヶ月ほど経過しているので
血液検査はしてきました。
前の先生は、ただ食べさせなさいと言うだけで、やってみると失敗が重なることがあり、本人も私も臆病になることが多々あったけれど
先生の監督の元、摂取量を決められるのであれば
もしかしたら、うまく行くかもしれない(卵・大豆・そば・ごまのように)
でも、効くか効かないかは、やってみなければわからないと言われた。

2004年1月決心

今までやってきた治療に疑問を感じつつも治療方針をかえることができなかったのは、やはり、アトピー治療の初期に原因があるように思う。

今のようにネットで情報が得られるわけでもなく。3歳離れた長男の子育てしかしておらず、世間との接触は、ほとんどなし。当然アトピー治療の情報を得るのは、書籍類とかかった先生の話だけ。

当時の主治医E先生は、とても親身になってくださって感謝しているのだけれど、
先生自身も経験が少なかったようで(先生がそう言って、でも努力しますと言ってくださった)
大学の先輩に師事し、文献を読み(時には診療室で見せてもらい)試行錯誤しながら努力はしてもらった。しかし、ステロイドはどんどん強くなるばかり。おまけに色素沈着でおせじにもかわいらしい幼児と目に映るチビでは無かった。

そんな矢先、友人からサンクエスト水を使い、薬を使わない治療の話を聞く。
E先生に、この先続けていく不安とサンクエスト水を使う治療を検討したい旨を話した。
先生はその治療をご存じなかったらしいが、紹介状を書いてくださった。

こう書くとただまわしたかっただけのようにとられるかもしれないけれど、
家族の誰かが診察に行くたびに、その時間よりも多くチビの症状をききとり、医学的な治療をした方がいいと復院をすすめられたのです。

サンクエスト水の治療期間のことを省略するとどうして治療方針をかえるのにそんなに決心がいったの?ってことになるけれど、7年続けた治療と経過をまとめるのはとってもボリュームがありすぎるので、いつか書くことにするわ。

2003年11月のこと

チビがクラブから出てきて、「咳が止まらない」と苦しそうだった。久々に嫌~な予感がしたので、早くやすませた。

予感的中!!ひゅうひゅうぜいぜいコンコン苦しーい。ほ~らきた。叫んだって楽になるわけじゃないのに!と思いながら、睡魔とたたかい、背中をさする。結局朝まで眠れず。ねむ~い。

本人は苦しいんだけどね。でも、クラブ中に手当てしなかったじゃん!!
冷蔵庫に保管してあった吸入液で吸入をしたものの、いっこうにおさまらず、救急に走ろうかな?と考える。結局走ったって、結果は一緒だし・・・・入院ってなるとめんどくさいし。
なんとか朝まで過ごし、仕事を休んで、病院へ。

先生は慣れたもので、「久々にひどいね~。はい。点滴!」そうなのよ。いつもかかっている先生だと話しが早いのよね~。吸入して、点滴すれば、けろっとしてるんだもんね。今日は学校を休んで寝てくださいな。これから仕事に行くわ。出かけたけれど、眠くて仕事にならず。メンバーに甘えて帰ってきてしまいました。

頼りにできる先生と頑張ってるねーと誉めてくれる薬局の先生が近くにいてくれるから、動じずにいられるのよね。感謝!感謝!よかった。救急病院に走らなくて、ぜーたい「入院ね。」ってなってしまうもん。

このあと度々発作が続き、2歳から続けた治療?になかなか進展がないので相談の結果。
減感作療法なるものを検討しに医大にいくことを考え始める。

つまんないなぁ

9月もなかごろになるといろんな行事で忙しくなるらしくだれもかまってくれない。
おにいちゃんは、棒の手の練習とか言っちゃって、夜の10時過ぎにしか帰ってこないんだよ~。
陸上部がおわって、そろばんとか塾とか行って、ごはん食べてすぐでかけちゃうんだもん。
帰ってきてからも中間テストがあるからって、ママににらまれてるし・・・
ちっとも遊んでもらえない。

おねえちゃんはいつもどっかいっていないし・・・

ママも具合い悪いってふさってるし・・・

台風行っちゃってお天気いいのになぁ~

今度の土曜日は、おねえちゃんの運動会なんだって。

また遊んでもらえないなぁ。

おでかけしたいのに・・・