応援について思うこと

応援に着いて、先生に挨拶をすると、子供達に先生が何かを伝えている。
その表情から、よからぬ雰囲気が漂います。
先生が、別の方と話をしはじめ、子供達が親の方を振り返る。緊張が緩んだのでしょう。目が涙ぐんでいます。
後から、親の方にも説明がありました。
今日は、バレエの日でもあり、試合も本戦であるので、応援よりも優先して欲しいことがあった。中学生は聞きにきたから、「こないように伝えた。」風邪で、練習を2日休んでいて、月曜から3日も休みがある。そのようなスケジュールの中で、今日練習を休んで、応援に来ることは得策ではない。などなど
先生の中では、休みが多くては、特別に来て頂いているバレエの先生に申し訳がない。欠席者をきちんと把握して、伝えなければならないのに、それができなかった。といった思いもあったのでしょう。
ただ、子供は、自分の担当先生に応援に行くことを申告してきたし、「常日頃、応援をすることは勉強にもなるから、応援に行きなさい」といわれているのに、この場所で、叱られるとは夢にも思っていなかったでしょう。
私たち親でさえ予測は付かなかったのですから。
教室を運営する立場として、先生のおっしゃることは理解できないわけではないのですが、その意向を事前に伝えていただけたら、今回のようなことはなかったでしょう。
このクラブにどんないきさつでバレエの先生がみえるようになったのかは、何も知らないのですから、せめて、前日に「応援に行くから欠席」の事実を伝えたときに、副指導者が指導者(経営者)の意向を子供に伝えてくれたら、バレエ・練習を優先したでしょう。
「大きい子に話していたのを聞いていたはず」と言われたけれど、全体にはなしたわけではありません。
練習をする為に、器具を使ったものの勝ち、といった体制と同様に、情報を入手したものだけが有利といった感じです。
遠くまで応援に行き、付き添った親としては、非常に割り切れない思いが残りました。