洗濯機

ハハハ。先回は「出会い」でしたので、今回は「別れ」です。
そうゆうわけではないのですが・・・
倉庫にある大物を処分することにしました。
結婚する時に買ってもらった洗濯機ですが、我が家は最初から同居です。
当然、洗濯機(2層式)はあったわけで、義母の指示で使わず、しまってありました。
今では、結構したいようにしていますが、義母のテリトリーにあるものは、私の自由にはなりません。増築してもらった部分には、洗濯機を設置する場所がなく・・・
書いて行くとおもいきり、愚痴路線になりそうなので、
チビの将来の教訓にしておきましょう。
で、市のサイトをみると、洗濯機は回収不可でした。
処分するには、指定業者に引き取ってもらわなければなりません。もちろん有料です。
数えるほどしか使用していない、まだ使える家電ですが、我が家では不要品。
嫁さんが買ってもらったものは、使えないというのが、義母のポリシー?らしく、
二層式のあとに新品の全自動を購入してしまったので、
また、置き場がなくなってしまったのです。(やっぱり愚痴になってしまいますぅ。)
処分に 処分料2400円 運搬料に2500円 消費税とあわせて5145円かかってしまいました。
家電を処分するのに費用がかかるから、使わないなら処分しよう。と提案したときには、
処分させてくれなかったくせに、地震がこわくなって、大物の処分に賛成するってー!!
目にするたびに、同居を後悔していた代物です。
費用が発生して悔しさが増すけれど、
目にしなくなれば、余分な事を思わずに済むからいいのかなぁ。

家族増員

突然ですが、我が家に子猫がやってくることになりました。

隣市にあるACOOPに、里親になってくださいとよくネコちゃんたちが入れられてます。
行くたびに「かわいいなぁ」とは思っていましたが、アレルギーのチビはいるし…無理だとおもっていました。
それが…

数ヶ月前から我が家に何匹かのねずみが現れるようになりました。
駆除しても駆除してもほとぼりがさめると気にせずやってきます。
ご近所さんと話していたら、たくさんのねずみに閉口してネコを飼いはじめたとの事。
こどもも生まれて総勢4匹。
どうやら、ネコ4匹に追われたねずみが我が家にやってきた模様です。(´Д`;)

ネコ作戦にはネコ作戦。そういうわけではないのですが、人力では限界があるので、ネコちゃんに手伝ってもらうことにしました。
住居は8畳ほどある増築した倉庫。

思い立ったら吉日ではないですけどACOOPに足を運びました。
ゲージの中には4匹のネコちゃんたちがうずくまっていました。
「雄ネコは縄張りをつくるし見張りをして歩き回るから部屋飼いは厳しいよ。」
そんなアドバイスを耳に雌ネコちゃんを…と思いますが、みんなよりかたまって寝ているのでひきはがすのもかわいそうで、上にいたかわいらしい顔の子をもらってきました。

家族で名付け会議の結果、ブログでチョビと登場していたお兄ちゃんが、「チョビ」にする!と。他の家族の反対もなく「チョビ」と決定しました。
お兄ちゃんは、チョビの飼育係りを引き受けたのでまかせることにしました。

出会い

ペットとの出会いっていろいろありますね。
私が小さな頃、実家にやってきた犬たちは、父の勤務先に迷い込んできた子達。
しばらくつないで置くけれど、飼い主さん現れず、引き取り手もないのでと実家に連れてこられました。
とってもおりこうな子達ばかりだったのでしょう。仲良くしている写真が何枚かあります。

最近はペットブームで、ペットショップに陳列されている子達。
ブリーダーさんから譲っていただく子達。
知り合いからゆずってもらうケース。

我が家の場合は・・・
2軒隣がペット屋さんです。むか~しからあるペット屋さんで、日本犬のブリーダーさんをしてた方の息子さんがオーナーで、お母さんと経営されています。
ウインドウ」というか陳列ゲージというか、畳1枚ぐらいのスペースに何匹かの子たちがうずくまったり、じゃれあったりしてます。
高さは店の天井近くあります。そんなお部屋が3箇所あります。
お部屋?の様子はタイル張り。中にはベッド、子犬たちが安心できる場所がおいてあります。
中にいる子たちの月令でそのときに合った敷物が入っていることもあります。

買い方も飼い方も判らないし・・・ここなら近くだから困った時にすぐに聞ける。
我が家は県道沿いで交通の量が激しいし、
もちろん外飼いのつもりだったから、日本の風土にあった犬=かってに柴犬と決め付けて、このペットショップへ足を運んだのが、2月ごろ。

その頃お店の中には、どの子もいませんでした。
聞けば、オーナーはジャックラッセルテリアの繁殖に力を注いでいるらしく、
しきりにテリアを薦められました。
お店にいないからピンとこない&「丈夫=柴」って、思ってましたから「柴が欲しい。」といいきりました。
「そうですかわかりました。親父が日本犬の方やってますから大丈夫ですよ。いい子がみつかったら連絡します。」
そういわれて、よくわからないまま店を出ました。

それから、音沙汰もなく2ヶ月。
いつも行くスーパーのショウケースにも柴犬はいなく、人気のミニュチュアダックスだらけ。
あのお店。覚えてくれてるのかしら・・・
そんな不安を抱きつつ、再度訪問。

どうやら柴の出てくる(生まれてから2ヶ月たつ)のはこれかららしい。
「いい子を探してますから、待っていてください。」
それから半月後の2001年4月13日、電話がありました。
「手足のしっかりした。いい子がきていますから、見にきてください。」と
(なんだか書いてて、「いい子がイマスヨ旦那。」って気分になってきました)

当時、相方は単身赴任中。一緒に行くかどうかきいたら、
「見てきて!」って。(最初は私ほど乗り気じゃなかったんですよね。)

早速、会いに行くと黒いマスクの可愛い子犬が一匹。
手足がしっかりしてるから大きくなるかしら??
柴の子供ってこんなんなの?「お顔が真っ黒?」
でも、一生懸命愛嬌ふりまいて、両手をあげてます。

な~んにも判らずに「はい。この子でいいです。」って決めてしまいました。
だってとっても可愛かったんですもの。
そのときオーナーさんが
「耳の中もきれいですし、手足もしっかりしてるし、一晩あずかりましたが、無駄吠えもしないしいい顔してるし、大丈夫ですよ。」って言ってました。

その後いろいろなサイトで出会う子犬の決め方。

無知なわたしのかわりにオーナーさんが吟味して販売してくれたようです。
さすが、オーナーさんのお見立てどおり、
丈夫で病気せず、番犬としてしっかり活躍してくれてます。そして器量良し。

オーナーさんのプライドもあったのでしょうけれど、2軒どなりってのも効いてるかな。
でも、テリアを薦められたのに、柴の方が…っていっても
ちゃんといい子を見立ててくれて、信頼度がアップしました。

外飼いの予定が、昼は外。夜は家の中ですが、
こんな出会いで、我が家の一員になり、「桜は終わりがけだから…サクラじゃなぁ。
これから花がいっぱい咲くからハナはどう?」
無事、家族の意見が一致して「ハナ」と名づけられました。




こちらは毎日、楽しみにしていたコンテンツです。

これも出会いかな?

緊急時?

毎日のように新潟県中越地震の避難の様子が伝えられます。
自然の力にはかなわないとはいえ、被災された方々は本当に大変だと思います。
まして冷え込みがひどくなる一方の時期、はやく日常生活が戻ることを祈らずにはいられません。

ニュースでは、「食料が不足し、パンのみが配られただけです。」と報道されていた地域もありました。
我が家も避難生活をしなければいけないとしたら、アレルギーがあって食べ物が制限されるチビはどうするんだろう?考えるだけで、胸がしめつけられます。

もしもの時のために、もちろんチビの食べれる非常食を用意している我が家です。
その時には、蕁麻疹が出ようが食べるほうを優先するのでしょうか?
でもアナフラキシーを起こされると病院にかかるのも大変ですよね。
避難生活をしなくても済むように祈るのみです。

足踏み

2004年3月31日
いつもどおり牛乳は持って出かけましたが、症状を報告するに留まりました。
翌日からは一段階戻って、8滴を1週間続けることになりました。
3/31帰宅後8滴
4/1-4/6  8滴

夜、摂取するよりは朝のほうがいいと言われました。

2004年4月7日
スムーズに進まなければ、診察は1週間おきになります。
4/8-4/10  10滴
改善が見られないようなら翌日から8滴

4/11○4/12○

4/13は8滴と記録が残ってます。新学年がスタートして疲れが出たのでしょうか。
4/14は負荷試験の予定でしたが、結局実施できませんでした。

4/8から新学年が始まりました。担任の先生もかわったので、恒例の給食についての資料のお願いと駄目なときは、お弁当を持たせることを伝えてきました。
幼稚園から6年間、毎年のようにお願いにうかがいますが、どの先生も初体験で、
このお願いのときは、神妙に話を聞いてくださるもののどこまでわかってくださってるか?
といった様子です。

毎度毎度体調にトラブルがおきるとだんだんに真剣にうけとめてくださるようになります。
きっと身近で体験しないとわからないんでしょうね。

案の定

3月28日 クラブから帰宅後10滴摂取
のどがかゆいと申告あり。

疲れも手伝って朝まで熟睡しましたが、翌朝、鼻水、顔のはれ&むくみがありました。

3月29日 舌に赤い細かい水ぶくれ出現

やはり10滴は、一つの壁だったようです。

2004年3月10日病院にて

次へのステップアップのため牛乳原液10滴を試してみました。

いつものサイズの注射器で原液を10滴摂取。直接舌にポトッポトッ。
15分後と30分後に心音確認。

舌の先が痒い!と本人は申告しましたが、先生は「気持ちからはいってるね~」

そうだとはおもうけれど、先生いつも日本語で書くカルテをドイツ語でかいていました。
それってなによ~。

案の定、家にもどってからヒューヒューコホンコホン。始まってしまいました。
でも、30分ほどでおさまった。
明日はまだ1滴だし10滴になってからの反応でどうしたらいいのか訪ねましょ。それまでに少しずつ耐性を獲得できるといいなぁ。

病院での負荷試験は、次回来院までの間、家庭で安心して取り組めるようにするもので、翌日から原液1滴が始まりました。

19~21 3/11-3/13  1滴
22~24 3/14-3/16  2滴
25~27 3/17-3/19  3滴
28~30 3/20-3/22  4滴
31~33 3/23-3/25  6滴
34~36 3/26-3/28  8滴
37~40 3/29-3/30 10滴

先回3/10病院で10滴を試したけれど、英文字カルテが気になってはいました。

牛乳アレルギー減感作療法

2004年2月19日からスタートしました。

最初は希釈ミルクを使用します。
水100mlに対して牛乳10滴を薄めて用意します。
牛乳は1ml用注射器で吸い取ったものを「ポトン」たらして、と落ちたものを1滴とします。

 1~ 3 1滴
 4~ 6 4滴
 7~ 9 6滴
10~12 10滴
13~15 12滴
16~18 18滴

最後の18滴だけ、遠征競技会にあたってしまったため
3/6○3/7×3/8○3/9○

となりましたが、希釈ミルクはほぼ順調に進みました。
水にほんのり牛乳色がついたような希釈ミルク。
こんなところからスタートしなければならなかったのに、
以前の病院でのアレルゲンの摂取の仕方のアバウトなこと。

「お菓子ひとかけ。食パン1/4で様子見て~」だったもの。
しかも所は四日市。異変がおこっても電話のみのアドバイス。
そんなんじゃおそろしくて取り組めない気持ちもわかりますでしょ。

こんなところにも台風の影響が…

またもや携帯に電話。日中になるときは、どっちかっていうと緊急です。
あいにく社内の電話で電話中(もちろん社用です)。
みると○○小学校!先生の声記録中。

「台風の関係で、給食のメニューがかわり…
中にチーズが入っていて…」

どうやら変更メニューは、チビの除去対象だったようです。
魚のフライにチーズの味がつけてあったらしい。
アレルゲンは食べたことがないから、味の違いにも気付かず、そのまま食べてしまったらしいです。
案の定、蕁麻疹発生!でも、もう慣れたものよね。
どこまでひどくなるのか、体で解るらしいわ。

先生に自己申告して「大丈夫」って伝えてました。
ひどいときはアナフラキシー起こすから、そこまでひどくなければ、
おさまる!ってことは判ってるんです。だから「このままおさまる。」って

周りはひやひや。いいんだかわるいんだか。
「一応、娘がよくわかると思うので、ひどくなるようなら連絡をください。」
とお願いしました。

死者62人不明者20人の台風「トカゲ」。こんなところにも影響を残そうとは。
まぁ我が家の影響は本人以外はたいしたことなくてなによりでした。

台風23号

給食中止のお知らせ  
何枚目かしら・・・
朝、目がさめて「ガーン!!!」
あっ、弁当だった!!ご飯が炊けてない!!!!
コンビニに走ろうか迷ったけれど、冷凍ご飯を解凍して、ケチャップライスをつくり
適当におかずを組み合わせて、なんとか間に合わせた。
チビを送り出し(7:55)チョビが「いってきま~す。」(8:10)
すぐに玄関があいて、「警報でて学校ないって。」
「ハァ~?九州でしょ?まだ。出るわけないじゃん」と疑いつつ177。
みんな考えることは一緒。お話中&アナウンス
結局、ネットで確認。やっぱそうだ。
しばらくして、学校に到着したチビたちが帰されて帰ってきた。
いいよね~君達。弁当あるし、学校行かなくてでいいし、
さぁ~ゲーム三昧でしょう。